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いのちをつむいでいく感謝と祈り

  • 執筆者の写真: Azumin
    Azumin
  • 5月13日
  • 読了時間: 3分

更新日:6月23日

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唐突にその時はやってきました。


ワナにシカがかかってるから来て、と連絡があり、みんなで軽トラへ乗り込む。


見回りを一緒にしているおじちゃんと会話をするも、心を落ち着かせようとするのに、結果は正反対の方へいくようなそんな心境の中、到着。


どこ…どこ…と目でシカらしきものを探す。


おじちゃんたちが教えてくれて、過去に何度も大きなシカやイノシシもかかったことのある場。


今日のシカもそこに掛かっていました。


立派なメスのシカ。


推定3歳。60kgくらいかな。


春に子を産んだのか、はたまた遅産なのか。


お母さんのシカだった。


そのときは一瞬だった。


分かってた。


命を頂いていること。


今までだって、その気持ちは忘れずに、解体したし、ジャーキーにもした。


自分も食べた。


でも、目の前の命があっという間に小さな鼓動、浅い呼吸を繰り返し、猟師さんがその体を撫で、大きな綺麗な目を掌で押さえてあげてる姿に、涙が止まらなかった。


突くのがうまくて、苦しまずに逝ったね。


と猟師さんが言った。


必死で脚を持ち上げ、トラックまで移動。


60kg、重い。


大人4人で運ぶ。


ワナのそばの家に住むおばあちゃんが出て来て、その子を見た。


「こんな大きいのがそばにいるんかあ、怖いねえ」


見回りの集合場所で、一旦車を乗り換え、解体場へと向かう。


その時、涙が溢れている私に猟師のおじちゃんはびっくりしたような様子。


「かわいそうなんか?」


と聞かれた。


シカと共に、シカのそばで生きている人は決して可愛い野生動物という印象だけではない。


憎かったり、怖かったり、厄介者だったり。


そういう色んな思いを抱いてることを改めて感じた。


私も「悲しい」とか「可哀想」だから涙が止まらなかった訳ではない。


ただ、ただ、感謝なのだと思う。


本当に感謝しかない。


と言えば、嘘になるのか。


母シカの気持ちや仔鹿のことを想像していけば、一気に涙は出るし、多分泣き崩れてもう猟師なんて出来ないのだと思う。


でも、私はそうする為にここまで通っている訳ではない。


命の輪が続くこと。


感謝が命を輝かせるのだと思う。


今私がここまで成長してきた中でいただいたご飯。


そこにはいくつもの命があった。


今日のシカのように。


シカさん、ありがとう


山の神さま、ありがとう


車の中で叫んだ。


解体はお腹を開くところからは初めて。


今でも鼻の奥に残るシカの匂い。


温かい体、柔らかい感触。


しっかり私の五感にシカが残していった。


そして、その夜美味しくいただきました。


いただきます。


ごちそうさま。





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